Cタイプの中毒を起こす毒きのこ

-幻覚・精神錯乱状態,20分後に発症-

〔中毒の特徴〕主に中枢神経系に作用する毒で,徴候は20~2 時間後に始まる.

 

〔毒成分と中毒症状〕イボテン酸-ムッシモ-ル及びシロシビン-シロシンの2つのタイプがある.症状は食べて 15~30 分して,発症し,酒に酔ったような興奮状態になり,精神錯乱,幻覚,視力障害などであるが,成分の違いにより,若干症状の内容が異なる.すなわち,ベニテ ングタケやテングタケによる中毒はイボテン酸の他にムスカリンを含むため筋肉の激しいけいれんや精神錯乱症状が強く出るが,嘔吐するので死亡することは少 ない。大抵は4時間ほど興奮して大暴れした後,眠りに就くことが多い.

 

 このタイプの中毒を引き起こす毒きのこには,次の2つのタイプがあり,第5,第6グル-プとして示した.

 

第5グル-プ:イボテン酸-ムッシモ-ルによる精神錯乱(せん妄)状態を起こす毒きのこ
ベニテングタケ Amanita muscaria
テングタケ Amanita pantherina

イボテングタケ Amanita ibotengutake

 

〔きのこの見分け方〕ベニテングタケはシベリア,インド,中米などで古くから宗教儀式などに利用されていた記録があ り,日本でも長野県菅平などで乾燥し調味料にしている.傘の表皮は真っ赤なものが多いが,オレンジ色のもの,黄色のものなどの変異がある.毒成分は大部分が傘の表皮に含まれる.1本以上食べると症状が出る.

 

 テングタケは日本全国に広く分布し,ベニテングタケは中部地方から北に分布す.ベニテングタケよりテングタケのほうがやや症状が強い.テングタケは東北地方では昔からはえとりに使われ,ハエトリモタシなどとも呼ばれている.

 以前からテングタケには2つのタイプがあることが知られていた.針葉樹林に生える大型のものと,広葉樹林に生える小型のものである.遺伝子解析の結果,両者は別種であることがわかり,小型のものがテングタケ,大型のものはイボテングタケ(新種*)であることが判明した. 両者の区別は肉眼的には非常にむずかしいが,顕微鏡を用いて菌糸にクランプ結合があるかどうかを確認すれば比較的同定しやすい.テングタケには一般にクランプ結合は認められないが,イボテングタケにはクランプ結合がある.*[Oda,T. et al..: Amanita ibotengutake sp.nov., a poisounous fungus from Japan. Mycological Progress, 1(4),355 (2002)

 

 厚生省の中毒統計では,イボテングタケとテングタケは区別できなかったので,すべてテングタケとして報告されている.

 

 

 

ベニテングタケ Amanita muscaria
ベニテングタケ Amanita muscaria
イボテングタケ Amanita ibotengutake
イボテングタケ Amanita ibotengutake

〔毒成分〕毒成分はイボテン酸とその分解産物のムッシモ-ルで,Takemotoらは日本産ベニテングタケからイボテン酸を25ppm ,テングタケから210ppmを単離している(はじめ殺ハエ効果のあるアミノ酸として単離され,のち旨味を呈することも判明した.

 

  イボテン酸(ibotenic acid) は仙台地方の海岸に出るイボテングタケから最初に抽出されたのでその名がある.イボテングタケは最初は,Amanita strobiliformis と同定されたが,その後の調査でテングタケ( Amanita pantherina )の可能性も示唆され,最終的に遺伝子の研究に基づきイボテングタケ(Amanita ibotengutake)と同定された.

 

 スイス産の生のベニテングタケからEugster はイボテン酸を300ppm,Bowdenは生のヨ-ロッパ産ベニテングタケからムッシモ-ルを50ppm 単離している.
 ベニテングタケはまたムスカリンも0.00025%〜 0.0003% 程度含むので,中毒症状を大変複雑なものにしている.

 

 ヒトの中枢神経系を乱す域値はムッシモ-ル約6mg,イボテン酸はその5-10倍である.ラットに対するムッシモ-ルのLD50は4.5 mg /kg (i.v).-45 mg/kg (p.o.),ヒトに対するムスカリンの経口致死量は0.3 g である.ベニテングタケを食べてムスカリン中毒で死ぬためには100-120 kg食べなければならない.しかし実際は他の毒も含まれているので10-20 本食べると致死量に達すると推定されている.

 

 イボテン酸は比較的不安定な化合物で,乾燥などにより,容易に脱炭酸してムッシモ-ルになる.イボテン酸およびムッシモ-ルはともに中枢神経系の抑制伝 達物質の一つであるγ-アミノ絡酸(GABA) と同じ働きをする(このような化合物をアゴニストという)ことが知られている.


 イボテン酸の還元体のトリコロミン酸(tricholomic acid)は,ハエトリシメジ( Tricholoma muscarium ) から抽出され,殺ハエ効果かあり,旨味も呈する.しかし,ハエトリシメジは食べすぎると中毒(悪酔い)するといわれている.

 

第6グル-プ:シロシビン-シロシンによる幻覚を伴った中毒を起こす毒きのこ
ヒカゲシビレタケ Psilocybe argentipes
オオシビレタケ Psilocybe subaeruginascens
センボンサイギョウガサ Panaeolus subbalteatus
アオゾメヒカゲタケ Copelandia cyanescens
ワライタケ Panaeolus papilionaceus

 

〔中毒症状〕ヒカゲシビレタケなどのシロシビンによる中毒は,幻覚などの症状の他に,しびれや瞳孔反射がなくなるといった症状が出る.中毒状態は4- 6時間続くが,死亡することはまずない.ヒカゲシビレタケもPsilocybe mexicanaPsilocybe cubensis と同様に,シロシビンやシロシンを含むむことが判明した.

  筆者の経験したヒカゲシビレタケ中毒

 ヒカゲシビレタケによる中毒が最近東北で相次ぎ,10名の中毒者の症状を,精神医学的に分析し,次の3つに分類した.すなわち不快な酩酊感,しびれなどの身体症状のみを示す第1群,視覚性変化を主として示す第2群,昏迷状態や錯乱状態をその極期に示す第3群である.

 

〔毒成分〕毒成分としてシロシン及びシロシビンが知られている.シロシンは不安定で,空気中の酸素により急激に壊れ る.シロシビンはきわめて安定な化合物である.ヒトに対する平均作用量は10mgで,4-6 時間効果がある.ちなみにLSD のヒトに対する平均作用量は0.1 mgで,持続時間はシロシビンよりやや長く,8-12時間である.

 

 ほ乳類の神経系では,情報の伝達のほとんどが神経伝達物質の放出によるシナップスによっている.末梢神経系においてはアセチルコリン,ノルアドレナリン が伝達物質である.中枢神経においては,γ-アミノ酪酸(GABA),アセチルコリン,セロトニン,ノルアドレナリン,ド-パミン,グリシン,グルタミン 酸など10種ほどの伝達物質が1960年代までに知られていた.1970年代に入りエンケファリン,エンドルフィン,キョウトルフィンなど神経ペプチドが あいついで発見され,高等動物の神経組織だけでも,現在30数種の神経ペプチドが発見されており,将来その数は数百に達するだろうといわれている.

 

 シロシビンは脳の中枢神経における伝達物質の一つであるセロトニンに構造が似ているため,セロトニンリセプタ-に作用し,幻覚を引き起こすと考えられている.

 

〔きのこの見分け方〕シビレタケ属(Psilocybe)は胞子の色が紫黒色,ヒカゲタケ属( Panaeolus)とアオゾメヒカゲタケ属( Copelandia) は黒色.種の同定には顕微鏡を用いて,胞子の形や大きさ,シスチジアの有無などをしらべることが必須であり,標本を保存しておき,専門家に同定を依頼するほうがよい.

 

 アオゾメヒカゲタケは熱帯性のきのこで,我国では沖縄と小笠原から知られている.子実体には青変性があり,非常に厚膜のシスチジアを持つのが特徴である.バリ島,タイなどでリクリエ-ション的に使われている.
 シビレタケ属のきのこで触ったり,傷つけて傷口が青く変色するものは,ほぼすべてが幻覚性であると思われる.

 

〔治療法〕シビレタケ類の中毒は特別の治療は必要ないが,多量に食べ中毒した場合は,数時間以内なら胃内洗浄し,患者を注意深く見守り,必要に応じて鎮静剤を投与する.

 

 我が国においては,2002年6月6日以降,法律により,シロシビン,シロシンを含む幻覚性きのこは,栽培,所持,販売,及び使用は禁止された.

ヒカゲシビレタケ Psilocybe argentipes
ヒカゲシビレタケ Psilocybe argentipes
センボンサイギョウガサ Panaeolus subbalteatus
センボンサイギョウガサ Panaeolus subbalteatus
ワライタケ Panaeolus papilionaceus
ワライタケ Panaeolus papilionaceus